硬質菌の突き抜け物件考

様々なきのこの中に俗に「硬質菌」と呼ばれているものがあります。一般的には「サルノコシカケみたいなきのこ」と言ったほうが通じるかもしれませんが、コフキサルノコシカケやカワラタケなど、よく倒木や老木の幹に生えてくるきのこです。

この一群はだいたいが地味でカサカサして硬そうで、きのこ界のアイドル的なベニテングタケやタマゴタケなどと較べると正直、きのこ好きの間においても今ひとつ人気が無いと言えるでしょう。ですがこれらの硬質菌も幼菌からの成長過程などその生態に着目すると、とくに研究者のような専門的な見地ではなくとも、一般的なきのこ好きにとっても十分に興味深い性質がいろいろとあってじつに楽しいのです。

気持ち的には全部紹介したいところですが、ここではその面白い特徴の一つ「突き抜け」について、これまでの観察を通して考察した内容を含め、紹介したいと思います。


【突き抜けとは】

まずその「突き抜け」の定義からご説明しましょう。見出しの写真をご覧いただくと、きのこの傘に草の茎や葉っぱが突き刺さっています。すでにお察しのかたも多いと思いますが、これは突き抜けというより「取り込み」と言われている現象で、きのこに限らず植物でもよく見られ、最も知られているのは街路樹がガードレールを巻き込んでいる例でしょう。

「なーんだ、こんなの別に不思議でも何でもないじゃん」と思いませんでした? まあそうかもしれませんが、もう一度見出しの写真をよく見てください。押せば容易に押し退けられそうな細長い草の葉っぱが取り込まれているのです。樹木の取り込み現象はガードレールなど押しても動かせないために、止むを得ずそれを避けるように組織が回り込みながら成長するものでしょう。きのこも同様だとすれば、固い茎ならいざ知らず、こんな柔らかい葉など容易に押し退けているはずでず。

Fig.1

さらに面白いことには右の[Fig.1]を見てください。なんと草どころか柄と傘のある他のきのこが刺さっているのです。押せば簡単に折れてしまいそうなきのこが、しかも数日で消えてしまいそうなものが取り込まれているのです。

理屈を言えばこれらが取り込みであることは疑う余地もありませんが、見た感じはまるで突き抜けたかのようにさっくりと刺さっていることから、硬質菌のこれを「取り込み」ではなく「突き抜け」と勝手に呼び、このような状態になっているきのこを「突き抜け物件」名付けました。


【突き抜けの不思議】

そんな「突き抜け」について、上でも一部触れましたが、疑問に思っていることが2つあります。

  • なぜ草の葉やきのこなどの柔らかそうなものが硬質菌を突き抜けられるのか
  • 成長が遅そうな硬質菌に、日持ちしなそうなきのこが突き抜けているのか

これらは私が無知なこともあって長い間謎だったのですが、たまたま先日その解明の突破口となりそうな「物件」を見つけることができました。そこから想像を巡らせたところ、今まで点の状態でバラバラに認識していた現象が線で結びつき、硬質菌の成長に関する興味深い特徴が見えてきたのです。以下ではそれをご紹介します。


【突き抜けの決定的瞬間】

Fig.2

右の[Fig.2]は見出しの写真を別の方向から見たものですが、草の茎が取り込まれつつあるところをよく見てください。街路樹がガードレールを取り込むような場合、当たっている箇所は物体が押し付けられてめり込むようになっているはずです。ところがこの写真ではきのこの先端が草の茎の両側から包み込むように伸び、まるで吞み込もうかとしているようです。

ここから類推できるのは、このきのこは全体が膨張するのではなく、外周のみが成長しているということです。きのこが成長するイメージとしてよく目にするのは、タマゴタケなどの傘と柄のあるきのこや、レースの膜を華麗に広げるキヌガサタケなどの動画ですが、これらはいずれも基部から上の子実体全体が膨張するように成長しています。私にはこれが強く印象に残っており、きのこはすべからくこのように膨張して成長するものだと思っていました。

しかしもし全体が膨張するのであれば、茎ならまだしも細くて柔らかい葉は押し退けられて真っ直ぐに刺さっているはずはありません。葉が垂直のまま刺さっているということは、きのこの周囲から葉よりもずっと柔らかい物〜つまりミクロの菌糸がじわっと伸びてきてじわっと包み込んでいるに違いありません。しかも驚くべき速度で!

つまりこの手の硬質菌の成長は、同じきのこでもタマゴタケのような傘と柄のある担子菌や、チャワンタケなどの子嚢菌とは異なり、まるでハマグリの貝殻か何かのように外周部の菌糸が伸びてそれが積み重なることで成長していると考えられます。


【点と線】

硬質菌の成長のしかたについてこう考えて行くと、今まであまり深くは考えなかったものの、完全に理由を把握していなかったいくつかの現象が紐解くように見えてきます。

Fig.3

一つは硬質菌によく見られる環紋です。硬質菌以外でもニオイワチチタケなどいくつかの軟質菌(対比で仮にこう呼びます)にも見られはしますが硬質菌のものは顕著で、カワラタケやエゴノキタケなど色とりどりの紋が現れるものすらあります。周囲の菌糸が伸びるという硬質菌特有の成長のしかたを考えると、この環紋が生じる理由も見えてきます。菌糸の成長は温度や湿度、その他諸々の条件により変わってくると思われます。まるで樹木の年輪のように、こうした条件の変化が環紋を作り出している一因と考えることはできないでしょうか。

[Fig.3]のカワラタケの写真(これも木の枝が突き抜けています)を見ると細かな環紋があり、周囲は白く縁取られていますが、この周囲の白い部分が成長しているところで、成長時の条件の相違が内側に環紋として残っているのでしょう。

また上の[Fig.1]のニクウチワタケ(?)の突き抜け物件では、まるで魚の血合いのように幅の広い紋ができていますが、これはこの菌の成長が非常に早いことを意味しているのではないでしょうか。日持ちのしなそうな他のきのこが深く巻き込まれているのはそためではないかと類推されます。ちなみに環紋の細かいカワラタケでは、木の枝が突き抜けていることはあっても、柔らかい草の葉や他の軟質菌が巻き込まれているのを見たことはありません。

Fig.4

そしてもう一つの線は、崩壊した硬質菌がいつの間にかきれいに修復されていることです。[Fig.4]は落ち枝で割れてしまったコフキサルノコシカケですが、破断面から白い菌糸の塊が発生し、傷口を覆うように包み込みつつあります。この数ヶ月後には何事もなかったかのように、多少いびつながらも扇型の子実体に戻っていたのですが、これはきのこが損傷したことを認識して慌てて修復を始めたというより、破断により今まで内側にあった部分が「周辺部」となることで再び菌糸が活発に成長を始めたと考えると、じつに自然に淡々と成し遂げられているのだとわかります。


Fig.5

硬質菌の突き抜けについて長々とまくし立ててきましたが、最後に面白い写真をお目にかけましょう。

[Fig.5]は茶色に輝く環紋がきれいなニッケイタケですが、なんと自分自身(きょうだい?)を取り込んでしまっている「自己突き抜け物件」です。

「突き抜け物件」は個人的趣味で今後も積極的に探して行きますし、これを超える上質な「物件」が現れるかもしれませんが、一見地味な硬質菌でも、こんな視点から見てみると意外に楽しいものです。みなさんもぜひフィールドに出られた際は、硬質菌にも目を向けてあげてください。


【謝辞】

こんな話題をまるで自分だけで考えついたかのように述べてしまいましたが、じつはこの硬質菌の「突き抜け」というか「巻き込み」については、もともと、まねき屋お〜のさん(Twitter:@harikoya)がブログ『まねき屋のキノコblog』にて一年ほど前に書かれた記事「アミウズ その3」を参考に書かせていただいたものです。

ありがとうございました。